【日米金融政策の「ねじれ」鮮明に-MUFG社長は9月利上げ示唆、市場は米利下げを織り込み円高進行】
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日本の金融政策が早期正常化へ向かうとの観測が強まる一方で、米国では景気減速懸念から利下げ期待が高まるという、日米の金融政策を巡る「ねじれ」が鮮明になっている。2025年8月5日、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の亀澤宏規社長が、日本銀行による次回の追加利上げが9月にもあり得るとの見解を表明。これは国内の強い物価・賃金動向を背景としたもので、日本のメガバンク首脳による異例の早期利上げ言及として注目を集めた。しかし、その一方で外国為替市場では、米国の利下げ観測を背景に円高が進行し、1ドル=146円台で推移。市場参加者は、方向性の異なる日米の金融当局の舵取りを固唾をのんで見守っている。
第1部:MUFG亀澤社長、9月追加利上げの可能性を明言-「環境は整った」
MUFGの亀澤社長は1日、ブルームバーグとのインタビューで、日銀が9月か10月の金融政策決定会合で次の利上げを決める可能性が「十分にある」との見解を示した。主要金融機関のトップが、これほど具体的な時期を挙げて早期追加利上げの可能性に言及するのは極めて異例であり、市場の注目を集めた。
亀澤氏が早期利上げの環境が整ったと見る根拠は3つある。
・根強い物価・賃金の上昇: 亀澤氏は「インフレがかなり強い。値上げ品目が相当増えた」と指摘。さらに、国内の深刻な人手不足を背景に「賃上げペースが落ちないと考えれば、ある程度見通しがたった」と述べ、物価と賃金の好循環が持続しているとの認識を示した。
・日米関税合意による不確実性の後退: 先月、日米両政府が関税交渉で合意に至ったことも大きな理由だ。米国が日本からの輸入品に課す関税率が、当初懸念されていた25%から15%に引き下げられたことで、「日本経済全体にとって、基調としての景気回復は崩れない」との見方を示した。
・経済指標の動向: 亀澤氏は、今秋にかけて発表される国内総生産(GDP)成長率などの経済指標を注視するものの、大きな落ち込みがなければ、日銀は利上げに踏み切るとみている。もし指標が弱かった場合は、利上げ時期は来年3月頃になる可能性もあるとの見解も付け加えた。
ブルームバーグがエコノミスト45人を対象に実施した1日の緊急調査では、次回の利上げは10月と予想する声が最も多かったが、亀澤氏の発言は、それよりも前倒しになる可能性を金融界のトップが認識していることを示唆している。
第2部:揺るがぬMUFGの成長戦略-ROE12%に向けた次の一手
こうした金融環境の変化を見据えつつも、MUFGは自社の成長戦略に揺るぎない自信を見せている。同社は今期(2026年3月期)の連結純利益が、邦銀として初となる2兆円の大台に達するとの計画を掲げているが、亀澤社長は、日米関税の影響は織り込みの範囲内に収まっており、計画を変更する必要はないと明言した。
同社が4日に発表した第1四半期(25年4-6月期)の連結純利益は5461億円と、2兆円の目標に対し27%の順調な進捗を示している。政策金利が0.25%上昇すると、資金収益ベースで年間1000億円程度のプラス効果があると試算しており、亀澤氏が予測するように早期利上げが実現すれば、今期の純利益が計画を上振れる可能性も十分にある。
好調な業績の一方で、課題は収益性だ。自己資本利益率(ROE)は足元で10.8%と、主要な米銀に見劣りする。亀澤氏は、中長期的にROEを12%まで引き上げる目標を達成するため、外部環境の変化を追い風に、攻めの経営戦略を加速させる考えだ。
投資銀行業務の強化: 「リスクの取り方をもう一段アップさせる」と語り、データセンターなどの大口プロジェクトファイナンスや、証券化ビジネスを拡大する方針を示した。
インドでのM&A: 高い経済成長率を誇るインドを重要なターゲットと位置づけ、「リテール(個人向け)領域とデジタル領域は外せない」と強調。外資規制の観点から、ノンバンク企業への出資や買収の可能性が高いとした。
第3部:市場は米利下げを織り込み円高へ-交錯する日米の思惑
亀澤社長が日本の「利上げ」を展望する一方で、5日の外国為替市場は米国の「利下げ」を織り込む展開となり、円は1ドル=146円台後半まで買われた。この円高の背景には、米国の関税政策が米景気を減速させ、FRBが景気支援のための利下げに踏み切るとの期待感がある。
シカゴのOIS(オーバーナイト・インデックス・スワップ)市場では、FRBが9月に利下げを実施する確率が90%超まで上昇し、年内2回の利下げも完全に織り込まれる状況となっている。これを受け、米国の長期金利の指標である10年国債利回りは約1ヶ月ぶりに4.2%を下回り、日米金利差の縮小を見越した円買い・ドル売りを後押しした。
さらに、米国では金融政策の独立性に対する懸念もドル売り圧力となっている。トランプ大統領が労働統計局長を解任し、FRB理事の新たな指名権を得たことなどから、経済統計や金融政策の信頼性が損なわれるとの懸念が高まり、一部のファンドが米国債や米株から資金を引き揚げ、円などの安全資産に退避させる動きも出ている。
●結論:日米金融政策の「ねじれ」が市場の新たなテーマに
日銀の追加利上げを見込む国内金融界トップの見方と、FRBの早期利下げを織り込む為替市場の動き。この日米金融政策の「ねじれ」は、今後の市場の最大のテーマとなるだろう。亀澤社長が指摘するように、日本の物価と賃金の基調が強さを保ち、日銀が利上げへと踏み出すのか。それとも、市場が織り込むように、米国の景気減速が顕著となり、FRBが利下げへと舵を切るのか。
当面は、今週発表される米国の主要な経済指標や、金融政策当局者の一言一句が、為替や金利の動向を左右する神経質な展開が続きそうだ。この複雑な環境を、MUFGのような金融機関がどう乗りこなし成長戦略を実現していくのか、その手腕も問われることになる。
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★note:
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