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(めヮめ)@めめみんおやすみん
矛盾抱える雑談系ポストプライムエンジョイ民
『虚構生成特異点ポチョムキン』 先日、生成AIの弱点、"知らない事をさも知っているかのように振る舞う"「ハルシネーション」とは別に"表面的には理解しているように見えるが、実際には概念の適用で誤る"現象を「ポチョムキン理解」とする研究が発表された。 詳細な内容については「ポチョムキン理解」で検索すれば様々読むことが出来るのでそちらに委ねるとして、 "ポチョムキン"と聞いて最初に思い浮かぶ映画「戦艦ポチョムキン」との関連を調べると、このまわりに渦巻く虚構の重なりが見え隠れしてきた。 これは一体何なのか。 皆様にもこの奇妙な感覚を共有したい。 まずは「ポチョムキン理解」の語源となった"みせかけ"を意味する「ポチョムキン村」から順に見ていこう。 ■「ポチョムキン村」見せかけの代名詞 1783年ロシア帝国のクリミア併合において、軍人であったグリゴリー・アレクサンドロヴィチ・ポチョムキンはエカチェリーナ2世にクリミアの直接統治を進言、黒海進出政策を成功に導いた。 この功績により、タヴリーダ公爵の称号を授与され、以後「ポチョムキン=タヴリーチェスキー公」と呼ばれるようになった。 1787年、ロシア皇帝エカチェリーナ2世がクリミア半島への行幸を行った時、彼女の寵愛を受けたポチョムキンが、女帝を喜ばせるために「偽の村」を建設したという伝説が生まれた。 木製の張りぼての家々、中央ロシアから連れてこられた幸せそうな農民たち、そして女帝の馬車が去った後には全てが撤去される——これがポチョムキン村の物語である。 この伝説は、後に「見せかけだけのもの」「表面的な繁栄」を意味する普遍的な表現として世界中に広まった。英語では「Potemkin villages」として定着し、虚構の代名詞となり、現在でも使われ続けている。 ■戦艦ポチョムキン事件 1905年6月27日、黒海に浮かぶグリゴリー・ポチョムキンの名を冠した戦艦ポチョムキン号で、一つの小さな事件が起こった。 船員たちの食事であるボルシチに入れる肉が腐り、ウジ虫が湧いていた。 「海水で洗えばいい」と軍医が言い放った。 だが虚構で腹を膨らます事は出来ない。 それは単なる衛生問題を超えた政治的な爆発点となった。 この瞬間、ロシア帝国の専制体制の腐敗が象徴的に現れた。 日露戦争での連続する敗北、血の日曜日事件での民衆弾圧、そして今、兵士たちに腐った肉を食べさせようとする軍部の態度——これらすべてが、帝政ロシアの「見せかけの強さ」の背後にある腐敗を露呈させた。 水兵たちは艦長以下の士官を殺害し、戦艦を占領した。 オデッサ港に入港した反乱軍は、港湾ストライキの労働者たちと連帯しようとしたが、コサック兵による無差別発砲で多数の死傷者を出した。 しかし、その反乱もまた、最終的には孤立し、ルーマニアでの亡命という結末に終わった。 ■映画「戦艦ポチョムキン」プロパガンダとモンタージュ理論2つの虚構の意義 1925年、セルゲイ・エイゼンシュテインは戦艦ポチョムキンの反乱を題材に、映画史上に残る傑作を創造した。 この映画は様々な意味で歴史的な意義ある作品だが2つの点に特に注目したい。 この映画は歴史的事実の正確な再現ではなく、ロシア帝国を打倒したソビエト政権の革命神話を強化するプロパガンダ映画として制作された。 エイゼンシュテインは、実際には起こらなかった「オデッサの階段での虐殺」を創造し、乳母車が階段を転がり落ちるシーンや、石のライオンが咆哮するように見える映像を通じて、革命の正当性を視覚的に訴えた。 これは虚構でありながら、観客に深い感情的衝撃を与え、政治的メッセージを伝達することに成功した。 「オデッサの階段での虐殺」でのシーンは映画における特徴的な技法を生み出したとしても有名だ。 本来無関係な二つの映像を接続することで、そこに新しい意味が生まれる——この技法は、現実を再構成し、観客の認識を操作する強力な手段となった。 この「モンタージュ」という概念は、映画の文法として理論化されただけでなく、虚構と現実の境界を曖昧にする技術的基盤を提供した。 エイゼンシュテインは、漢字の構造(「日」と「月」を組み合わせて「明」を作る)からヒントを得て、映像の弁証法的結合による新しい意味の創造を試みた。 ■「ポチョムキン村」の真実 「ポチョムキン村」がみせかけのものを表す表現として広まった事は先に述べた通りだが 歴史家の研究によって「ポチョムキン村」は存在しなかったという驚くべき事実が明らかになった 実際には、ポチョムキンはクリミア開発に莫大な資金を投じ、本物の都市や要塞を建設していた。 イタリアの外交官ルドルフの記録によれば、ポチョムキンはヘルソン建設だけでも800万ルーブルを費やしていたという。 では、なぜこの神話が生まれたのか。それは、ザクセンやフィンランドの外交官たちが、オスマン帝国に対するプロパガンダとして意図的に流布したものだった。 彼らは「ロシア帝国は実際には弱体で、張りぼての村しか作れない」という虚偽の情報を流し、トルコにロシアとの戦争を促そうとした。 皮肉にも、この虚構の神話は、ポチョムキンの真の業績—クリミアのロシア併合—を隠蔽する効果を持った。 虚構が真実を覆い隠し、そしてその虚構自体が別の真実を創り出したのである。 ■なぜ「ポチョムキン」はこれほどまでに虚構を生成する特異点として機能しているのか 歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリはサピエンス全史にて人類の繁栄の理由の一つが本能の制限を超える数の群れを形成する「虚構」の力にあると述べた。 であるならば、ポチョムキンが象徴するクリミア周辺は多くの虚構を必要とする争いの地、という事なのかも知れない。 現に今でも戦火が交えられている地なのだ。 AIにおける「ポチョムキン理解」は狭義には理解したフリをしているが、実行できないという現象だが、 これがポチョムキンのように人類の同士を争わせる虚構の元とならない事を願うばかりだ。 参考 「ポチョムキン村」は実在したか:はりぼての村に関する神話の背景 https://jp.rbth.com/history/83321-potyomkin-mura-shinwa MITなどが発見したLLMの"ポチョムキン理解"とは https://ledge.ai/articles/potemkin_understanding_llm https://xenospectrum.com/what-is-potemkin-understanding-the-decisive-weakness-of-llm-exposed-by-harvard-university-and-others/ https://ledge.ai/articles/potemkin_understanding_llm 戦艦ポチョムキンの反乱 - 世界史の窓 https://www.y-history.net/appendix/wh1401-114.html 映画史上最も有名な6分間「オデーサの階段シーン」戦艦ポチョムキン https://www.youtube.com/watch?v=FeNIzuUkds8
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