<本気な論説> 子供の夢と職業選択(1)
子供のときに「考古学者になりたい」「音楽家になりたい」というような夢を大人に打ち明けると、「全然お金にならないからやめとけ。」とか「プロの音楽家になれるんは、ほんの一握りの特別な人だけだから、お前がなれるわけないだろ?」などと言われ、中学生、高校生と少しずつ大人に近づくにつれて、考古学者や音楽家というような、いわゆる「非現実的」な夢は忘れ、いつしか一流大学への進学という目先の目標だけしか考えない少年になってしまいました。
その結果、現役で東京大学に入学できましたが、結局、苦労して手に入れた学歴が就職活動や出世で威力を発揮する仕事は選ばず、普通の看護士として病院に就職しました。しかし、それも長続きせず、1年後にはそれまでの人生をリセットするためにアメリカに渡り、そこでハープと出会い、数年間の努力でハープ奏者となり、現在は、音楽家として生計を立てています。
子供の頃から音楽への興味は強かったのですが、実のところ、プロの音楽家になるという具体的かつ戦略的なビジョンは持っていませんでしたから、音楽学校に行くという選択肢を考えたことはありませんでした。ピアノの先生からは「あまり才能がない」と言われる不器用なタイプで、いわゆる天賦の才は持ち合わせていませんでした。ただ、天賦の才がなかったお陰で、音楽をより神秘的なものと感じ、それへの興味もいっそうかき立てられ、結果として音楽家を志す道を選ぶこととなり、それをしつこく続けているうちに、それなりのレベルの音楽家になることができたのです。
大人は、子供のために良かれと思って、高校進学という大きな人生の岐路に立つまでに、実現が難しく安定性を欠いた「子供じみた夢」を打ち砕き、安定した社会的地位と収入を得られる「現実的な道」へと導こうとするのですが、人生経験も判断力も未熟な15歳そこそこの少年少女たちが、なんとなく大人の言葉に従って進路を決めてしまうことで、将来の職業選択で多くのミスマッチが起きてしまう危険性もあります。
実際に、多くの若者が、本当に望んでいる生き方を実現できる仕事に就くことを目指すのではなく、高収入で安定性に恵まれた職業を目指して大学や職業訓練校に入学します。数年間の努力の末、期待した通りの生活を手に入れはしたものの、実際には仕事に生き甲斐も強い興味も感じないことに気づくというケースも決して稀ではないと思います。そうなってしまうと、結構大変です。日本では、社会人になった後で再教育を受けることが難しい教育システムである上に、一度やり始めた職業を辞めることを「挫折」として否定的に評価する空気が強いために、30代〜40代になってから職種を変更するという決断を下すには、かなりの勇気が必要だからです。
また、長年の教育と努力によって手に入れた仕事をやめることはもったいなく感じますし、安定した収入を失うことは非常に恐ろしく、そこから踏み出すことは躊躇してしまいます。それに、高収入で安定性に恵まれた仕事に不平不満を感じることには「身勝手で贅沢な悩みだ」と罪悪感を感じてしまうので、我慢をしながらやりたくない仕事に従事することを「正義」と判断してしまいがちです。しかし、無理をしてやりたくないことに従事していると、心身への負担も大きくなり、仕事の能率も上がらず、そのため仕事に余計な時間とエネルギーがかかってしまいます。そうなると、家族や友人との心和む時間や趣味を十分に楽しめないために、手軽なうさばらしとして過度の飲酒、喫煙などが習慣化し、多少の体調不良はサプリや一般薬でごまかしながら働き続けることで、休息と労働のバランスが慢性的に崩れ、病気になるリスクが大きくなります。
そうやって病気になったとしても、その仕事に就いていることからもたらされる福利厚生のおかげで保険にも加入でき、安く治療を受けられますから「ああ、やっぱり我慢して仕事を続けてきて良かった」と思うかも知れませんが、やりたくない仕事をするストレスが原因で病気になったのであれば、本末転倒です。
幸福を感じるためには、それなりに望ましい外的状況が整うことも必要なので、お金や地位のために無理して働いてしまいがちです。しかし、幸福を得るために本当に必要なものは、いかなる外的状況においても肯定的に幸福を見出せるような心と体の健康です。しかし現代の生活では、社会的地位や収入などの外的な条件を整えることが重要視されるあまり、その大元である心・体の状態を考慮することが軽視されてしまっているように感じます。(次回に続く…)
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