【性善説 VS. 性悪説:リーダーに必要なのはどちらでしょう??】おはようございます!今日は、少し哲学的なお話です。
【概要】
「性善説」と「性悪説」はどちらも古代中国を起源とする考え方で、
「性善説」:人の本質は、生まれながらに「善」である。自由を与えれば、主体的に学び始める。
「性悪説」:人の本質は、生まれながらに「悪」である。適切な環境・状況によってこそ、「善」に向かっていけるのだ。
という考え方です。
【荀子 VS. 韓非子】
語る人によって、これらにもいくつか流派のようなものがあります。
特に、「性悪説」と表現される際、以下の2つが混ざっているので注意してください。
「荀子の性悪説」:努力や鍛錬によって「善」に向かうという考え方です。「礼」によって「善」へと矯正していくことが重要とされています。
みなさんが知っている性悪説よりも、だいぶ人間味のある、優しいものなのではないでしょうか??
「韓非子の性悪説」:人は、罰を与えることによって「善」に導かなくてはならないとし、荀子の「礼」に対し、「法」でによる徹底的な矯正を解きました。
韓非子の考え方は、厳密には性悪説と少し違いますが、現代では性悪説として語られています。皆さんも「性悪説」と聞くと、この韓非子の考え方が浮かぶのではないでしょうか。
【リーダーに必要なのは??】
この二つの考え方は、どちらが100%正しいというものではなく、置かれている環境、人間関係などによっても変わってくるのだと思います。では、組織のリーダーにとってはどちらが重要なのでしょうか??
もしよければ、皆さんが重視しているもの、周りの方にどちらが多いかなど教えてください!
【あとがき】
私は高校時代、荀子が好きで、韓非子が嫌いだった記憶があります。
しかし、改めて見てみると、「法による統治」の基板を創り出した韓非子の偉大さをひしひしと感じます。
PostPrimeではどちらの考えの方が多いのでしょうか。成功者と考え方のデータをとったら面白そうだなあと純粋に気になっています笑
【注意】
少しかみ砕いた部分あるので、厳密な定義ではない点、お許しください。