《投資初心者のつぶやき》
25.誰かのためには誰のため?
前回「〇〇してやってる」という考え方は好きじゃないという投稿をしましたが、実はこの言葉と同じくらい危険なのに日常で良く使ってしまう言葉があります。
それは「〇〇のため」です。
誰かのために行動することは素晴らしいことだと長年信じてきましたし、今でも誰かのために行動することは素晴らしいことだとは思っています。
でも最近「誰かのために」って結局誰のためなのかな?と思うようになりました。
そして、言い方が違うだけで
「〇〇してやってる」と「〇〇のために」
って実は大きな差はないのかな?と。
ここからは僕の偏った考えになりますが、
「家族やパートナー、子供のために」
何かできるだけで幸せだったのに、
いつのまにか感謝や見返りを求めている自分がいる。
「会社や地域や社会ために」
何か自分にできることをやろうと決意したのに、いつのまにか評価を求めている自分がいる。
そして自分はこんなに頑張ったのに、
感謝されない、
評価されない、
認めて貰えない
という負の感情がじわじわと心を侵食していく。
誰かのために始めた行動がいつの間にか
「自分はこんなにしてあげてるのに」
という感情に変わり「〇〇してやってる」に近づいていく。
誰かのために始めた行動がいつの間にか
好かれたい、愛されたい、認められたい、褒められたい、という欲求に変わっていく。
結局「誰かのため」は自分のためだった?
そんなことを思い知らされたりしています。
でもじゃあ常に菩薩のような心で、感謝されなくても、評価されなくても、罵倒されてでも、人のため世のために行動できるかっていうと、それは無理な話です。
じゃあどうするべきか。
僕は最初に行動するきっかけは「誰かのため」でも、どこかでそれを「自分のため」に変換してあげることが最良の方法だと思っています。
これは個人差があるとは思いますが、とにかく最終的には自分事として上手く落とし込んであげることが大切です。
どこかの野良猫さんに先に言われてしまいましたが「自分の機嫌は自分で取る」って人生においてかなり大事なことだと思ってます。
いつも「誰かのために」という気持ちで何かを始めるのに、結局心を擦り減らしてしまう人は、自分自身に厳しく他者に認めて貰えないと自分自身を肯定できない人が多いように思います。
だからこそたまには自分で自分を褒めたり、自画自賛してもいいのではないでしょうか。
少なくとも僕は「誰かのために」という気持ちで行動できたあなたはとても素晴らしい人だと思いますよ。
知らんけど。
#投資初心者のつぶやき #自分ルール #投資 #初心者 #隠れ漫画知識