注) 満月になるのは、27日
十五夜とは何ぞや…??
その答えは
旧暦の8月15日の夜に見える月の事で、1年で一番美しいとされる『中秋の名月』の事で、これは旧暦での7月〜9月を秋とし、その真ん中の8月15日を「中秋」と呼び、秋の作物の収穫に感謝をする
日本の伝統行事の事です
なので、必ずしも満月の日と一致しない年の方が多くなる現象が起きます
月の見える窓際に、ススキや秋の収穫の物、果物などをお供えしたりするのも、日本ならではの伝統的な行事なのでしょうね
さて、お月様にはうさぎ…のイメージがありますが
何故そうなったのか、の
ひとつの古い古い、言い伝えのお話があります
金曜日のスナフのお話(伝説)
昔むかし、その昔
2000年も前の頃からの、お話です
古代インドに、帝釈天という神様がいて、世界の秩序を護る最も格の高い守護神として信仰されていました
ある時、帝釈天は老人に姿を変えました
サルとキツネとウサギの3匹が、修行をしながら共に暮らしていたのですが
そこに老人が現れて
「お腹が空いたので、食べ物を少しだけ分けて欲しい」と、頼みました
すると、サルは木の実を集め
キツネは、魚を捕まえて
老人に差し出しました
ところが、ウサギは何も見つける事が出来ませんでした
悩んだ末にウサギは、木の枝を集めて来て、それに火をつけて「私を食べて下さい」と
自ら火の中に飛び込みました
その尊い慈悲の行いに、帝釈天はウサギを生き返らせて、その姿を永遠に人々に伝える為に月の中に、映し出したそうです
おしまい
このお話は、聞いただけだと腑に落ちない所がたくさんある事と思いますし
解釈は、人それぞれになるのですが
帝釈天は、ブッタが生まれるより前から、インドで信仰されて来たいわゆる全能の神で
時々、色々なモノに姿を変えて、試練のような事を与えるのですね
いわば、イソップ寓話のようなもの、と捉えていけば良いと思います
人間の生活や道徳的な教訓を
動物や植物、モノなどに託して、分かりやすく説いている『たとえ話』なのです
このウサギの行動は、自己犠牲によって他者を救う、思いやりの心を説いているのですね
古今東西に、ありますね
「泣いた赤鬼」で、出て来るあえて悪者になる事で、赤鬼の望みを叶える[[青鬼]]
「幸福の王子」に出て来る
[[王子]] そして王子の像についている宝石を、困っている人々に届け続けついに力尽きる[[ツバメ]]
けっして、誰にもその慈悲や献身を認められる事はなくても、自分の心は幸福に満ちる
思いやりの行動とは、そういったものなのかもしれません
さて、今夜
皆さんの場所から、十五夜のお月様は見えるでしょうかね…?
こちらは、ちょっと怪しげな天気です
お月様が見られて、もし
ウサギの形まで見えたならば
この古い古いインドから伝わって、仏教の中でも、尊い逸話としてのウサギの事を
ふと、思い出してみて下さいね
長いお付き合いを
ありがとうございました
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