PostPrime Logo
2026年 9月25日 十五夜
注) 満月になるのは、27日 十五夜とは何ぞや…?? その答えは 旧暦の8月15日の夜に見える月の事で、1年で一番美しいとされる『中秋の名月』の事で、これは旧暦での7月〜9月を秋とし、その真ん中の8月15日を「中秋」と呼び、秋の作物の収穫に感謝をする 日本の伝統行事の事です なので、必ずしも満月の日と一致しない年の方が多くなる現象が起きます 月の見える窓際に、ススキや秋の収穫の物、果物などをお供えしたりするのも、日本ならではの伝統的な行事なのでしょうね さて、お月様にはうさぎ…のイメージがありますが 何故そうなったのか、の ひとつの古い古い、言い伝えのお話があります  金曜日のスナフのお話(伝説) 昔むかし、その昔 2000年も前の頃からの、お話です 古代インドに、帝釈天という神様がいて、世界の秩序を護る最も格の高い守護神として信仰されていました ある時、帝釈天は老人に姿を変えました サルとキツネとウサギの3匹が、修行をしながら共に暮らしていたのですが そこに老人が現れて 「お腹が空いたので、食べ物を少しだけ分けて欲しい」と、頼みました すると、サルは木の実を集め キツネは、魚を捕まえて 老人に差し出しました ところが、ウサギは何も見つける事が出来ませんでした 悩んだ末にウサギは、木の枝を集めて来て、それに火をつけて「私を食べて下さい」と 自ら火の中に飛び込みました その尊い慈悲の行いに、帝釈天はウサギを生き返らせて、その姿を永遠に人々に伝える為に月の中に、映し出したそうです       おしまい このお話は、聞いただけだと腑に落ちない所がたくさんある事と思いますし 解釈は、人それぞれになるのですが 帝釈天は、ブッタが生まれるより前から、インドで信仰されて来たいわゆる全能の神で 時々、色々なモノに姿を変えて、試練のような事を与えるのですね いわば、イソップ寓話のようなもの、と捉えていけば良いと思います 人間の生活や道徳的な教訓を 動物や植物、モノなどに託して、分かりやすく説いている『たとえ話』なのです このウサギの行動は、自己犠牲によって他者を救う、思いやりの心を説いているのですね 古今東西に、ありますね 「泣いた赤鬼」で、出て来るあえて悪者になる事で、赤鬼の望みを叶える[[青鬼]] 「幸福の王子」に出て来る [[王子]] そして王子の像についている宝石を、困っている人々に届け続けついに力尽きる[[ツバメ]] けっして、誰にもその慈悲や献身を認められる事はなくても、自分の心は幸福に満ちる 思いやりの行動とは、そういったものなのかもしれません さて、今夜 皆さんの場所から、十五夜のお月様は見えるでしょうかね…? こちらは、ちょっと怪しげな天気です お月様が見られて、もし ウサギの形まで見えたならば この古い古いインドから伝わって、仏教の中でも、尊い逸話としてのウサギの事を ふと、思い出してみて下さいね 長いお付き合いを ありがとうございました 🙂‍↕️🙂‍↕️🙂‍↕️🙂‍↕️🙂‍↕️
heart
いいね
26
comment
コメント
26
share
シェア
1
view-black
71