人は時に、自分を正当化する為に、小さな嘘をつく
嘘、というよりは
物事を実際よりも、誇張や湾曲させて言う…が、近いかもしれない
そうする事によって
自分の方に非がない事
その出来事に関して
まわりの人が、自分の側についてくれる事を
無意識のうちに望んでしまうからではないだろうか
これは 家庭の中で
兄弟のケンカなどでも起こるし
学校へ行けば
集団の中での、友人のグループなどでも起こる
世の中を騒がせる
大きな事件などになると
事実や原因の究明には
多くの時間を要する事になる
国同士の戦いに到っては
利害、感情、憎しみのぶつかり合いになるので
もはや、本当の事実などどこへ行ったのか、わからなくなってしまう
“正直に生きなさい“
“嘘つきは泥棒の始まり“
そう言われて育って来た私達
今現在、泥棒や詐欺に手を染めてはいないまでも
自分を守る為…、という
ある種、防衛本能のようなものは、わきに置き
《事実》という客観性に
照らし合わせて、時折自分の言行を俯瞰し、公平性が保たれているかを、みてみなければならない、と
思ったりする今日この頃
又、歴然とした《事実》があるにも関わらず
相手にその事を伝えられないまま終わる事もある
その事を伝えると、関係性がより悪化してしまうだろう、と想像出来る場合…かな
そんな時は、自分の中に
もやもやがくすぶってしまうのだけど、それも又、自分で消化していかなければならないようである
たんぽぽは
一度根付いた場所には
季節が巡って来ると
毎年、そこに花を咲かせる
君は、花を咲かせる為に
嘘をついたり、まわりの草達を騙したり、又すごく我慢したりは、しないんだろうね
…と、つぶやいてみた
たんぽぽは、何も答えず
ただ、風に揺れていた
“数字は嘘をつかない“
とは、いうものの
チャートには時折
“だまし“もあるので
ご用心 ご用心…
いつも、長いお付き合いを
ありがとうございました
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